日本全国の選抜チームたちが集まって合同練習を4泊5日行う、ナショナルトレセン。
北海道から九州までたくさんの人たちと会って、その上手さを実感して、僕はふと思った。

それはずっとぼんやりした形でずっと僕の胸の中にあったんだけど、
誰かに話したり、強く思ったりはあんまりしなかった。
そういうことをじっくり考える暇も無く、ボールを蹴っていたから。



「ぼく、いままでサッカーができれば結局はいいやって思ってたんだ」

3日目の夜。
グラウンドが見えるところに座って風祭と杉原は今日の練習を振り返っていた。
部屋ではルームメイトがそれぞれの時間を過ごしているから、
少し寒さは感じるけれど静かに話せるこの場所を選んだのだ。
今まで話していた内容とは違うことをいきなり切り出した風祭は、膝を抱えて真っ直ぐグラウンドを見ていた。

「なんていうかね、その・・・上手く言えないんだけど」
「うん、いいよ」

時間は思ったより沢山あるし、特に眠いわけでも疲れているわけでもない。
隣で必死に言葉をまとめようとしている彼の話を断ってさえぎる理由など杉原にはなかった。

「僕は・・・・部活でサッカーしてるとき大会とかでは皆で勝ちたいって思ってて、
でもそれはサッカーは一人じゃできないスポーツだから、その、"みんな"が絶対に必要で・・・」

ああ、だめだな。上手い言い方が見つからない。
人数合わせのために必要だとは言いたくなかった。
そうかもしれなかったけど・・・だってそうじゃないんだもの。

桜上水でのサッカーも、一人一人がメンバーとしてとても大事で好きだった。
もちろん大会では、一緒に勝ち進んで行きたいって思ったし、
普段の練習でだって、彼らとの間に自分と共通する思いがあると信じていたし、実際ちがってはいなかった。
ひとつの目標のために、サッカーをする。
その中で出会えた桜上水のメンバーはきっと大切なチームメイトだったし、それは今でも変わらない。

「勝ちたいのは、たくさんサッカーをしたかったからだし、それが僕らの願いだったからかもしれない。
でもぼくだけの願いとしては、そのずっと奥にただボールを蹴っていたいっていう、それだけがあったんだ」

変だ、こんなことかんがえるのは。
一人でサッカーなんて、サッカーじゃない。
でも、コートをずっと走り回って、パスをもらって、ゴールポストに突っ込んで、
みんなと一緒に笑ったり泣いたりする。
そういうサッカーなら

「舞台はどこでもよかったのかもしれないんだ。一緒にフィールドに立ってくれる人たちも」

僕って最低だね。と風祭は自嘲するように苦笑した。
杉原は最低だとは思わなかった。なんとなく、彼の言わんとしていることを感じ取れたから。

「少し運命が違って他の人とサッカーしてても、きっと一緒に勝ちたいって思ってると思う。
おんなじ目標に向かっていっていたと思う」

でも僕は気づいてしまった。
桜上水での、部活でのサッカーはそういうもので、
それなのに、今ここにいる東京選抜でのサッカーは明らかに違った。

「今の僕は・・・一人でボールを追うだけのサッカーをするなら、この東京選抜のみんなとサッカーをしていたい」

桜上水にいたときは全然考えたりしなかった。
一人で夜特訓することも好きだったし、一人でボールを追っていても楽しさを感じていた。

「ただサッカーしてるだけじゃ、ボール追っかけてるだけじゃだめなんだ・・・僕・・・」
「東京選抜のチームとしてサッカーがしたい」

話しているうちにどんどん埋められていた風祭の頭が、はっと上がった。
風祭の次の言葉をさらりとさらっていった杉原は、
いつもと同じ穏やかな表情で笑っていた。

「うん、僕もカザ君の言いたいこと分かるよ。ボールを蹴るのはどこでもできる。
でも、僕がサッカーをできるのは、東京選抜でだけ・・・のような気分になったりするんだ」

不思議だよね、と杉原は言って笑った。
風祭は、何か小さな喜びがこみ上げてくるのを感じた。

この合宿で、たくさんのチームの人を見た。話した。
一緒に練習をした。
その時間はとても楽しくて、たくさん勉強になることもあって、
みんなすごくて圧倒されたりもしていた。

でもふと東京選抜の中に戻ったりすると、心がやけに落ち着いて、安心できた。
他の地区のサッカーセンスや、上手さを見せつけられたはずなのに

「みんなとなら、負ける気がしないって言うか・・・すごく誇りに思えて、それがとても嬉しいんだ」

このチームでなら、僕は精一杯のサッカーができる。
僕は、大好きなサッカーができる。
もともとサッカーは大好きだったけど、今一番僕が好きだと思うサッカーは、
この東京選抜のメンバーで作るゲームなんだ。

一緒に走ってボールを追いかけて行きたい人たちが、そこにはいるんだ。

「僕も、いろんな地区の人と話したりしたけど、なんか東京選抜のみんなの顔見ると、
変に肩の息下りちゃって」

杉原が何か思い出したかのようにくすくす笑った。

「おかしな話だけど、郭の顔見ても安心しちゃうんだよね。別に親しいわけでもないのに」

風祭はふと郭の顔を思い出して、あぁ確かにと納得してしまい、つられて笑った。
自分も何度か上原や木田など、あまり話さないような人を見るだけでもうれしくなっていた。

「なんか・・・みんなといるためにサッカーをするって訳じゃないけど、
ボールを蹴るためだけに、このチームにいるわけじゃないって思ったんだ」

どこでも良い、誰でも良いわけじゃない。

「東京選抜でのサッカーがしたい。東京選抜の皆とのサッカーがしたい」

誰か一人がかけても、違う人が入ってきてもだめだ。

「タッキーがいて、翼さんがいて、小岩君がいて、水野君がいて。
同じポジションの藤代君や、鳴海、真田君だっていなくちゃいやだよ」

今更ながらに風祭がそう思ったのは、
このナショナルトレセンで世界が広がったからかもしれない。
振り向くとすぐそこに、自分のメンバーがいてくれることを改めて実感して、
その場所を、とても大事にしたいと思った。

「あはは、ごめん。なんか急に話したくなっちゃって・・・」
「ううん。僕もカザ君の話、聞けてよかったよ。こういうこと小岩君に言っても仕方なさそうだったしね」

さりげないそのひどさも杉原は笑顔でカバーした。
よいしょっと腰を上げた杉原に風祭は手を引っ張られて立ち上がる。

「この合宿の最後には地域対抗戦がある。また、僕らで頑張ろう」

杉原は引っ張るために掴んだ風祭の手を、もう一度強く握って言った。










文章をまとめることが不得意です。
本当は杉原君じゃなくて、翼さんにしようかなと思ったんだけど
なんか杉原君の穏やかさが好きだなあと思ったので杉原君に。
<ホイッスル!/将・タッキー>