あの時彼は死ぬなといった。
一緒に生きよう。
とても辛い言葉だった。

あの人たちは自分に幸せになれといった。
頷いた。
何も分からないまま。



「ジョウイ、大丈夫?」
「あ、あぁ・・・うん、ごめん」

太陽の日差しが強かった。
もしかしたら前の町にいたときから体調が優れていなかったのかもしれない。
だから一瞬意識を手放して、それを取り戻せなかったんだ。

木陰で目を覚ましたジョウイのもとに、
水の入った水筒を持ってリオウが駆け寄ってきた。
前に水筒は空になってしまったはずだから、どこかに川でもあるのだろうか。
 
「ごめん、迷惑かけて・・・」

体をゆっくり起こすと、視界が揺らぎ頭がくらくらした。
リオウが渡してくれた水に口をつけると、
内側からぼんやり熱くなっていた体にすっと沁み込んで心地よかった。

「ジョウイは無理しすぎだよ」
「ごめん・・・ナナミは?」
「一応止めたんだけど、どうしても心配だから先に町に行ってお医者さん呼んで来るって」

ああ、彼女らしい行動だ。
自分が倒れたあとのナナミとリオウのやり取りが軽く目に浮かぶ。
そうすると自分をここまで運んでくれたのはリオウか。荷物まできちんと。

「リオウありがとう」
「うん・・・でも調子良くなかったんならもっと早く言ってくれれば良かったのに」

また謝ってうつむくジョウイの隣に、すとんとリオウは腰を下ろした。
汲んできた水に自分も口をつける。

「迷惑かけると思って・・・あ、でも倒れたほうが、困るよな」

苦笑するジョウイを横目で見ながら、リオウは膝を抱え込んだ。
少し前から、ジョウイはこんな調子だ。
僕らに迷惑をかけるとかかけないとか、そんなことどうでもいいのに。

「僕ら新しい道を歩き始めたのに、ジョウイは時々そうだよね」
「は?」

何が、時々そうなのだろう。
いじけるように口を尖らせているリオウを、ジョウイはきょとんと見つめた。

「僕らには何も言わないで、一人で考えちゃって」

自分たちのことを思ってくれてるのは嬉しい。
でも僕らは一度それで道を分かれてしまった。
二度と会えなくなりそうになって、やっとその手をまた掴むことが出来たって言うのに。

「何で言ってくれないの?」

いままでの二人ならお互いに気を使っても、距離を置くことなんてしなかった。
疲れたときは休みたいって言ったし、困ってるときは助けを求めた。


けれど、やはり離れてしまった距離は縮められないのだろうか。



「・・・変わってしまったから、だと思う」


小さく呟かれた言葉に、リオウは耳を塞いだ。
ジョウイがいま何を言ったのか分からない。分からなくしたかった。

「僕は正直言って君と生きるのが辛い」

生きよう。
本当は生きたくなんてなかった。
あの時、君の手で君の中に生きることができれば十分だった。
楽になりたかった。


「僕と君は違うんだよ、リオウ」
「・・・そんなの前から違った」

考え方も、えらんだ道も。
だからもう交わることなんてできないと思った。
それでも一緒に手を取りたいと思った。

「君がしあわせになればいい。でも僕はそんなの望んでない」

君と一緒に歩ける幸せなんて、望めるはずもない。

命を踏み台にしてたまたま生き残った自分が、
いまこの瞬間に生きているはずもなかった自分が、
なんでリオウとナナミの背中を見つめて、太陽の光を浴びているのか。

このまま目が覚めなくてもいい。
意識を手放すときにそう思ったのを、思い出した。

「死んでしまえてたら良かったのに」

消されそうだったんだ。


「ジョウイ!」

声がした。

あの最後になるはずだったときも、消えてしまうはずだったときも、
いつだって僕を呼び止める声がした。

そうだ。きみのこえが、きこえたんだ。


「馬鹿言うな、ジョウイ!」

衝撃とともに、一瞬の間にジョウイの視界には空が広がった。
何が何だか分からなくて、だけどじわじわと右頬が痛むのに気づいた。
殴られた。

「リオウ・・・手加減無しだな」

そのまま草の上に寝転がって空を見つめた。
笑おうと思ったけど、口が切れてて痛くて笑えなかった。

「僕らが生きなかったら、たくさんの命は何のために奪われたんだ!」

頭の中に、リオウの言葉が響いた。何度も何度も繰り返し。


すごく近くにいるリオウの声が、とても遠くから聞こえるように感じた。
言葉を一文字一文字噛み締めてのどをつぶすように吐き出される感情は、
聞きたくなかったけれど、求めていたものだった。

「君のために戦ったハイランドの人たちは?」
「・・・やめてくれ、リオウ」

ジョウイは両腕で顔を覆った。


「お願いだ・・・」

腕に涙がついた。


もうハイランドの勝利を望んでいるわけではないと、
そう言ったのは、最後までハイランドのために生きた二人の将だ。
ハイランドの誇りを忘れずに、あなたが大事な人と生きてくれればいいと、
その言葉の意味を、僕は

「彼らの死の上に僕ひとりで生きていくなんて」

何も分かっていなかった。
生き残ることがすべてを背負うこと、その辛さ。


ジョウイの腕の下から涙が流れるのを見て、リオウはそっと自分の目元をこすった。
それから、僕もおんなじだと小さく言った。

「ひとりはイヤなんだ・・・だから僕はジョウイに生きて欲しいって言ったんだよ」

一緒に生きて欲しい。
奪った人たちの奪われた人たちの分も幸せになるには君が必要だから。
消えてしまった人たちと同じ道を逝くことは、何にもならないんだ。

「僕はデュナンの城を出るときに、仲間に幸せになれと言われた。
許されないといったら、不幸になったら許さないって言うんだ」

使命にも近いその運命の延長線上を歩き続ける。

「ジョウイにも、そう言ってくれた人がいるんでしょ?」

命を背負って生きる。そんなの辛くて重くて本当はもう嫌になる。
でも、彼らが言ったのは

「生きてください。あなたはそういう道を、選んでください」

罪の意識に苦しめという意味ではなく、すべて忘れろということでもなく、
彼らが生きたうえに足を離さず歩いていく。

両腕の隙間から見えるリオウは太陽を背負って、笑っていた。
君も、僕と同じ苦しみを抱えていたんだろうな。
君にいま見えている光を、僕も見つけることができたのだろうか。

「全部なくなってしまったと思っていた・・・リオウ、君がいたのに」

希望も目的もない世界で生きるのは辛いけど、
僕にはリオウもナナミもいてくれているんだ。

たくさんの命と共に、忘れないで歩いていきたい。

「生きよう、リオウ」

今更過ぎるとも思われる、遅い決意
揺らいだまま不安定になって崩れそうだった


「ジョウイー、お医者さん来たよーっ」

それでも、昔から僕の位置を支えてくれる二人が望んでくれた。
僕が一番望んでいた、あのころの三人に戻ることを。

変わってしまった中で、絶対に変わらないもの。
君に殴られて、やっと思い出した。









分かりにくいですが、グッドエンドのすぐそのあと辺りです。
ジョウイの性格からして絶対一度はこういうことで悩むんじゃないかな、とか。
でもいつだって彼の周りには人がいてくれるのです。
<幻想水滸伝U>